京都メディアフォーラム例会記録(2004.7~2011.12)

京都メディアフォーラム例会記録

ある時突然明るくなった

先週は風邪で苦しんだが、快方に向かってやれやれと思った昨夜。咳き込むこともあり、寝る前には頭痛もしてきた。やばいぞと思いながら朝目覚めたらよくなっていた。助かった。
というのも、概要提出、書評、報告プレゼン資料などの締め切りが近づいているからだ。私は、風邪を引いたり、体力が落ちると発想力が極端に低下するため、よけいに神経質になる。
まあ、ともあれよかった。


風邪のおかげかどうか知らないが、ここ二週間ほど悩んでいた「シンポジウム概要提出」のアイデアが今日突然湧いた。これまで10年間取り組んできた日本語表現法のまとめをしながら、次はどの方向に向かうべきかを試行錯誤していた。


こういう挑戦的なテーマの場合、まず一緒に取り組んでもらいたい仲間に連絡して、次回の学会でシンポを企画したいので手伝って欲しい、とメールする。相手は、概要がわかれば、手伝えるかどうかわかるので、送って欲しい、と反応する。これは当たり前。
それから、いろいろ試行錯誤するのだが、普通は二、三日か、一週間でまとまるものだ。でも、今回は二週間もかかった。

当初のアイデアは、「若者の自立と日本語」というものだった。ニート(NEET)や若者の将来展望の欠如という現在から見て、これまでのわれわれの活動がどれだけ迫れるかを考えてみたいということだった。ただ、「日本語がうまくなれば就職できる」という単純な議論にはしたくなかったし、就職問題ではなく、教育問題にしたかった。そこで、教育問題にするとするとどういう切り口があるのかをあれこれ悩んでいた。ノートにいろいろ書きながらも、しっくりこない。この「しっくりこない」ことが次を考える鍵なのだが、ではどうするのか、という発想がなかなか出てこなかった。


今日、ひらめいたのが、「アカデミック・スキルズ教育とその将来ー学びの意味を考える教育に向けてー」というテーマである。これだと従来の蓄積にもとづいて話ができるし、従来の教育のメリットを共に、未解決の問題の見直しもできる。さらには、こうした教育を外からの目で見てもらって、次の一歩を探ろうという試みである。


最初のテーマと比べれば、穏健すぎるかもしれないが、でも今の私にはこの方がしっくりと来る。いわば、
「日本語表現法ーIn and Outー」である。私に限らず、(大学教育を専門にする)学会メンバーにも必要な道程だと思う。


さあ、次の仕事へ向かおう。