京都メディアフォーラム例会記録(2004.7~2011.12)

京都メディアフォーラム例会記録

1990年代の自分が見つかったー2001 Google searchで発見したー

ytsutsui2008-10-05

Google社が創立10周年を記念して、2001年当時のインデックスを今月末まで検索可能にしている。さっそく検索してみたら、なんと1990年半ばのかつてのサイトが検索可能になっている。その後いろいろあって、当時のデータは残していなかったのだが、それが見事蘇った。


1995年は、阪神淡路大震災サリン事件が頻発し、日本社会が大変な衝撃を受けた年であった。同時に、第二次世界大戦後50周年の年であり、過去の歴史の振り返りが話題になったり、Windows95の発売によって最初のインターネット・ブームが起こった年でもあった。


この年は、私にとっても、大きな転換点となった。昨年秋からインターネットに触れた私は、何も分からぬままインターネットと社会科学との接点に自らを置こうと決心して、前任校の富山大学の私の自主ゼミと、ドイツの大学と、インターネットを使った共同授業を始めようと思ったのだった。


今でこそLANや電話線ににパソコンつなげば、簡単にネット接続ができるが、当時は、接続するだけでもかなりやっかいな作業を繰り返さないといけなかった。その上、当日は、Webサイトを構築するツールもなく、また参加する学生に、語学を教えたり、戦中・戦後の歴史的な知識を教えることが不可欠であった。それをほとんどすべてわれわれだけでやらなければならなかったのだった。


幸いにして、自主ゼミに集まった学生は、新しい技術や試みに対して旺盛な好奇心を持っていたので、いつの間にか何とかしてくれたのだった。その意味で言うと、先進的であるが故に、非常に恵まれたのであった。もっとも、当日のサイトを今から見れば、素人臭さは否めないが、95年以前にはWebサイトがほぼ皆無であったことを考えれば、無理がない。

まず、このプロジェクトを始めるに当たって、海外のメーリングリストにプロジェクト参加者を求めるメールを送った。同時に、8月15日に向けて、戦後50年に対する意見を求めた。その反響は以下に。
http://web.archive.org/web/20001027074802/www.toyama-u.ac.jp/hmt/scs/dj50/obon/obonj.html

95年のプロジェクト「DJ50」は、以下から。
http://web.archive.org/web/20001202093200/www.toyama-u.ac.jp/hmt/scs/dj50/dj50j.html
このプロジェクトを始める経緯については、以下に詳しい。
http://web.archive.org/web/20021127045810/www.toyama-u.ac.jp/hmt/scs/dj50-IV/change/1.html
96年のプロジェクト「GGP-Incubator」は、以下から。
http://web.archive.org/web/20001203084100/www.toyama-u.ac.jp/hmt/scs/ggp/zemi96.html
96年のプロジェクト「DJ50 Part.IV 」
http://web.archive.org/web/20001027050609/www.toyama-u.ac.jp/hmt/scs/dj50-IV/index.html


年々、サイトのレイアウトが落ち着いてきたのは、技術力が上がってきた証拠だろう。インターフェースなどは本当に稚拙であるにせよ、コンテンツとしてはかなり中身を詰め込んでいた、それだけ努力していたことがわかる。


こうしたゼミの活動が評価されて、96年には、日経新聞社主催の大学文科系ゼミ・ホームページコンテスト「日経カレッジイン'96」で私の自主ゼミが第一位になった。そのデータまで残っていた。講評では、「奨励賞 富山大学人文学部筒井ゼミ (副賞 図書券30万円分)。インターネットを利用した日独セミナーという形式が、非常にユニーク」と評されている。


いずれのサイトも本当に懐かしいが、この時代が私と学生にとって新しいチャンスが訪れた時代なのだろう。